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いつもよりも大きな仕事が思ったよりも早めに終わり懐も温かい、ダンテは知らず浮かれる足で事務所に戻る。
悪魔が絡んでいたので依頼主も気風よく報酬を弾んでくれたから、久し振りに美味いものが食いたいな、バージルだってたまには美味いものが食いたいだろう。そんな事を考えながら足早にスラムを抜けていく。
懐が温かいのも、仕事が楽に終わったのも嬉しかったが、何よりも事務所に帰ればバージルが居る、それがとても嬉しくて幸せだった。頬が緩むのを抑え切れずに終いには鼻歌まで歌い出す。
勢い良く事務所のドアを開け、バージルを呼ぶ。
「ただいまー、バージルー?」
しんと静まり返った事務所からは誰の返事も返らない。不審に思って一つずつ部屋を開けていく。
トイレには居ない。バスルームにも居ない。きちんと整えられた部屋にも、ダンテの部屋にも居ない。
キッチンを覗けば食事の支度がしてある。時間的に見ておそらく夕飯、出来立てではないにしろごく最近作られた食事。
首を傾げながら事務所に戻る。

「バージル?どこに行っちまったんだ…」

ふと、誰の気配もしない事務所に不安を覚える。ドクリ、と胃の腑が持ち上がるようなそんな嫌悪感とともに、不安が首を擡げる。
本当に自分はバージルと暮らしていたのだろうか。
バージルはここに居たのだろうか。
しかしキッチンに残されている食事は自分が用意したものではないし、整えられた部屋には自分以外の者が居た痕跡が残っている。事務所だって綺麗に掃除されているし、自分はそこまで綺麗好きではないから他の誰かがやったと言う事になる。
誰かって、誰だ?
ドクンドクン、と痛いくらいに内臓が振動する。
わからなかった。バージルでなければ誰が居るんだ?
いや、もしかしたら自分で掃除や料理もするようになっていたかも知れない、曖昧な記憶が勝手に塗り替えられていくようでダンテは落ち着かず、どうしようもなく不安で立って居られなくなる。
「…おちつけ」
そう言った自分の声は酷く震えていて、乾き切った喉のせいで上手く音にもなっていない。ダンテはゆるく頭を振ると近くのソファに腰を落とす。
震える息を吐き出すと途端に涙が滲み、ダンテは片手で目を覆う。指先が冷たい。頭の芯が冷え切ってくらくらとし、腹筋が戦慄き、その下に詰まっている内臓も酷く冷えている気がする。
そうか、血の気が引くってのはこういう事か、と変に冷静な自分に苛立ち足を踏み鳴らす。
「…ックソ!」
泣きそうな声ではあるが、さっきよりも力がある、そう思いダンテはからからの喉を振り絞る。
「ああ…畜生…!」
そうか、これは夢だったのか。なんて甘くて優しくて、残酷な夢なんだろう。おまけに頗る長い。
そう思うと妙に納得できた。
だって、そうだよな、バージルはあの時…クソ!
そろそろこの夢も終わりなんだろう、醒めるならさっさと醒めてくれ。
こんな終わり方をするなんて、まったく酷い夢だ。
「早く醒めてくれ…」
そうでなければ本当に情け無く泣き出しそうだった。涙で濡れた枕なんて真っ平御免だ、とそう自分に悪態を吐く。
待てど暮らせど終わりは訪れない。無機質に時計の針だけが進み、規則正しく音を刻んでいる。
おかしくなりそうだった。
いや、本当はもうとっくにおかしくなってるんじゃないか、そんな事を考えながら天井を見詰める。知らず、目尻から温い涙が零れ落ちる。目を閉じて、眠って起きたらこの夢も終わるんじゃないか、そんな事を考えたその瞬間、事務所のドアが開いた。

「ダンテ?随分早かったんだな」

果たして声の主はバージルだった。
「バージル…?」
目尻を真っ赤に染め、涙さえ流している弟の頬を撫で、額に口付けるとバージルはほんの僅か意地の悪い笑みを浮かべる。
「なんだ、帰ってきたら俺が居なくて寂しかったのか?」
図星だった。けれど、これは図星とも違う、そんな事を思いながらダンテは震える指先で兄の、バージルの頬に触れる。温かい。
「バージル」
「お帰り、ダンテ」

夢か現か、その名残

バージルの唇が、ダンテの唇に触れる。宥めるように優しく啄み下唇を食む、その唇を追いかけ、ダンテはがぶりと噛み付いた。
「っ」
唐突に噛み付かれて流石に驚いたのか、バージルが眉を跳ね上げる。怒った。そう思ったがダンテは構わず食らいつくように口づけ、まるで攻撃するように舌を絡ませ応戦するバージルの舌をこれもまた噛む。
「おい…!」
堪らず声を上げるバージルの首にしがみつき、ダンテは文句は聞かないとばかりにうーうーと唸る。
なんなんだ、とバージルが眉根を寄せ半端な体勢をどうにかしようと身動ぐと、ダンテに引っ張られて彼の上に乗り上がるような格好になる。どうしたものかと思っていると、そんなバージルには構わず首筋の辺りでダンテがもごもごと喋り始める。
「…あんたが、居なくなったと思ったんだ」
うん?とバージルが聞き返すとダンテは拗ねたように鼻を鳴らし「居なくなったと思ったんだ…あんたが」ともう少しはっきりと言い直す。
うん、とバージルが頷くとダンテの話が続けられる。
「…居なくなったんじゃなくて、居なかったんじゃないか、全部夢だったんじゃないか、って思い直したら」
声が震え、しがみつく腕に力が込められる。
「妙に納得して」
は、と息を吐くとダンテは唾を飲み込み震える声で続ける。
「…怖かった…どこにも居ないんじゃないか、って思ったら、怖くて…」
バージルはダンテと同じように彼の首筋に顔を埋める。そして「そうか」と呟く。
「こんな酷い夢なんて、もう見たくないって…そう思って」
終いにはぐずぐずと鼻を啜りながら喋るので殆ど聞き取れなかったが、バージルはダンテの髪をあやすように撫で、「悪かったな、何も言わずに出掛けて」と囁く。
うーうーと唸るような声が再び聞こえ、泣いているのだとわかるとバージルは体勢を入れ替えダンテを膝に乗せて背を優しく叩く。
仕方のない弟だなあ、と思いながら暫くそうして居ると落ち着いたのかダンテが体を起こしてバージルを睨む。尤も、涙を浮かべて目尻を真っ赤にしているので怖くもなんともないのだが。
「大体、あんたどこ行ってたんだよ!」
逆ギレか、と思いながらもバージルは涙に張り付いた髪を払ってやりながらうっそりと微笑む。
「…なんだよ」
背筋をぞくりと波打たせ、ダンテが身動ぐ。
「どこに行っていたと思う?」
意地悪くバージルが聞き返すとダンテはそっぽを向いて「知るか!」と切り捨てた。



ツッコミどころ満載!
有りがちで申し訳ないです…最終的には「俺馬鹿みたいじゃねえか!!」なお話。
あ、因みにバージルは暇潰しにぶらぶら散歩してただけです…